元始、母は実に太陽であった。

赤ちゃんとお母さん


今、母は病人である。

青白い顔の月である。



これが・・・


・・・・・・・・・・・お母さん。 

病院で見るの姿

入院した母を見るのは
二度目でした・・・

僕の二人目の
弟を出産した時に見舞った以来。
  

入院している母を見舞う


あれから
もう30年以上経っていました。 

貌した母の姿

魂が抜け

母にだけ
強力に重力が作用している。
そんな気がしたのです。

体の全てが下に向かっている。

こんなにも
老けてしまったのか?

あのハツラツとした母の姿は

       ・・・いずこ?

夕日と親子

これはではないのか?

入院した母を
同棲していた彼女と
見舞いに行ったのです。

バスの車内


帰りのバスの中で
隣に座っている彼女。

一緒に来てくれたのに
何の労いの言葉をかけることなく

僕は外を
見ることしかできませんでした。


これは現実なのか・・・   

亭主白だった父の変貌!

でも
悪いことばかりでは
ありませんでした。

父が頻繁に母のお見舞いに
行っているのです。


あの父が・・・


意外な姿でした。

父が家事をしているのを
見たことがありません。



あっ ありました!

一度だけ覚えているです。

母が実家に帰った時かな?

父の作った味噌汁を
飲んだことがありました。


絶対マズイと思っていたから
意外とおいしく飲めた。 

水風呂にレル父

当時のお風呂は
浴槽に水を入れてから

ガスのスイッチをつけ
沸かしていました。

だから
スイッチをつけ忘れると
水風呂になります。

1番風呂に入る父が
その被害を受けることになるのです。

数年に1回程度でこの事件が
起こったような気がします。
  

おい!
水風呂じゃねえか!!


その父の叫び声で
わが家は緊迫した空気に!!!

めちゃくちゃ怒っている。

その姿に畏れおののく。


でも
水風呂にビックリした
父の姿を想像すると

ちょっと笑えたのです。

父のマジギレポイントとして
僕の記憶の中に刻まれています。 

天つゆ


「お父さんは
 天つゆをつけていると思っているけど」
 

「実はめんつゆ
 お湯で薄めているだけなのよ・・・」

母は
いたずらっぽく僕に笑いました。


ある日こと。

今まさに
天ぷらを食べている父。

その目の前で
天つゆ偽装の件を僕は
ポロっと言ってしまったのです。

父は
何の反応も示さなかったが


母にマジギレされた・・・

それだけ
母は父のことを怖れていたのです。

父の僕への愛はかすかに
感じたことはありました。

でも
父の母への愛は全く感じたことが
なかったのです。

母からもよく父の暴君ぶりを
聞かされていました。

僕から見ても
まるで主君と家来の関係・・・

なぜ
母は父と結婚したのだろう?


当時は不思議でなりませんでした。


別れればいいのに・・・

とはもちろん思わない!

そんなの絶対にイヤだもん。 

父からのの言葉

母が入院している
病院で父に会いました。

夏の日。

父と一緒に
バス停まで歩きました。

首筋の汗を拭きながら
  


そう言ったのです。

それだけで・・・


・・・・・・・・充分でした。 

母は退院したが・・・

状況が劇的に
好転したわけではありません。

実家に帰ると
魂が抜けている母の姿を
ときおり目にしました。

体中の力が抜け

微動だにせず

ホゲ~~~~

っていう
表情をしているのです。
 
母と年齢が同じでも
ハツラツとしている人は
たくさんいます。

僕はこの表情を
ずっと見続けることになるのかな? 


そんな不安がありました。

散歩中の大件!

母が
パーキンソン病かもしれない・・・

そう聞いて
慌てて実家に帰りました。


母と散歩したのです。

僕が『母の日』に贈った
帽子を被って歩いていました。

お母さん、危ないって!
また道の真ん中に向かっているよ。


母は真っ直ぐ
歩けなくなっていました。

スピードも悲しくなるほど遅い。

でも
久しぶりに息子と散歩できて
母は少し頑張りすぎたようでした。

家まであと少しのところで
突然歩けなくなってしまったのです。


初夏とはいえ
少し汗ばむような気候でした。

軽い脱水症状。


生まれて初めて


僕は母を・・・


 

おんぶしたのです。
  


僕の場合
石川啄木先生とは
状況が少し異なっていました。


戯れではなく必要に迫られたのです。

軽いことではなく
僕にしがみつく力がないことに
驚いたのです。

泣く余裕はなく
バランスが上手くとれず
前に進むことがなかなかできない。

あと100mなのに・・・
わが家も見えているのに・・・

辿り着けないかもしない。

そんな不安が僕を襲ったのです。 

父の母への
目の当たりにした

なんとか
家に帰ることができました。

父が慌てて
水を持ってきたのです。

母はむせながらも
それを必死で飲んでいる。

父が必死になって
母の背中をさすっている。


あの父が・・・です。

そして
父は優しく母に語りかけました。


まるで
赤ちゃんをあやすかのように。

ひどい目・・・

という言葉に
少しカチンときました。


でも僕は知ってしまったのです。

父の母に対する強烈な愛を。

僕は数日しか病気になった
母と過ごしていません。

それでも
気が滅入ることがありました。

父は365日
母と一緒の時間を過ごしている。

楽なわけがない!

それなのに!!

なぜ??

あんなにも優しい言葉を
母にかけることができるのか!


父と母が夫婦である理由
初めて分かったような気がしたのです。 

婚っていいものかも

母は回復したのです。

ビックリするくらい!!!

幸いなことにパーキンソン病は
発症しませんでした。

また母と散歩しました。

真っ直ぐ歩けるように
なっていました。

そのスピードも回復。


スマホで僕と
毎日LINEをしています。

操作方法を教えるのに
めちゃくちゃ苦労しましたが…

時々
パソコンを使ってスカイプ通話。

これは父に操作方法を
覚えさせました。

パソコン画面に
仲良く映っている父と母。

それを見ると
結婚っていいものかも・・・
と思えるようになったのです。

作:帰ってきた兼好法師
Twitter:@Kenkohoshi_R

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