花園ラグビー場

すぎたスタート・・・

僕は夢を見ていたのです。

その時
確かに僕は花園ラグビー場の
ロッカールームにいたのです。

何度このシーンが
頭の中で流れたのか分かりません。


なぜ高3になって
ラグビー部を作ろうとしたのか? 

受験生だったから
勉強から逃げ出したかったのかな?

高1の時の
クラス対抗のラグビー大会。

あの時感じた生きているという実感

それをもう一度
味わいたかったのかもしれません。

とにかく
僕はラグビー部を作ろうとしたのです。

大人がいてくれた!
僕のために

ラグビー大会があった
高1の時であれば少しは
盛り上がったかもしれません。

でも、あれから
かなりの時間が過ぎ去っていました。

ラグビー熱は
とっくに冷め切っていたのです。

それでも行けるかも!
と思ってしまった出来事がありました。

本で僕はラグビーを研究していました。

どうしても
手に入れたい本があったのです。

でも、すでに絶版。

しかし
他の著書に
その作者の住所が載っていたのです!

手紙を書きました。

僕はラグビー部を作ろうとしています。
そのためにあなたの本を是非読みたい!

そんな内容だったと思います。 

数週間後、本が本当に届いたのです!

あなたの高校にはラグビー界では
有名な先生(教頭)がいますよ。
その人が力になってくれるのでは?

そう書いてありました。

調子に乗った僕は
校長先生に手紙を書いたのです。

なぜ教頭先生ではないのか?

畏れがあったのかな??

僕にとっては
神の存在に思えてしまったのです。

校長先生との談で
大人という壁を知る

自分のラグビー論文を送りました。

A4レポート用紙で
200枚以上はあったと思います。

すごいと驚かれるかもしれません。

でも自分で書いたのは最初の2ページくらい。

あとは本の丸写し(笑)。

これで熱意が伝えられる!

校長先生の協力が
得られればラグビー部ができるはず!

そして
教頭先生を動かしてくれるだろう。

そんな安易な発想だったのです。

数日後
担任からメモが渡されました。

「放課後、校長室に来るように」

そう書いてありました。

(よっしゃ〜)そう思いました。


放課後。

ラグビー部を作りたいと校長に直訴する!

初めて校長室の中に入りました。

事務の方が僕に
お茶を出してくれました。

大人の対応をしてもらい
嬉しくなったのを記憶しています。

でも答えはノーでした。

練習場所がないというのが
主な理由でした。

「これ持ってくるの大変だったんだぞ!」

僕のファイルが返却されました。

あんなに苦労して書いたのに
なぜ文句を言われなくてはいけないのか!

高校生の僕には理解できませんでした。

でも大人になって分かったのです。

200枚くらいのA4レポート用紙。

それをビジネス鞄を入れたら
パンパンになってしまうことを。

練習場所を確せよ!

小学校のグランドでラグビーの練習をしたい

確かに高校には
練習場所はありませんでした。

だったら
近くの小学校の
グランドを使わせて貰えばいい。

今度はその学校の校長宛に
手紙を書いたのです。

ただで使うのではなく
小学生にラグビーを教えたい
そんな文言を添えた気がします。

数日後
家にその校長先生から電話が!

会ってもらえることになったのです。

わざわざ連絡してくれたということは
オッケーということだ!


胸が高鳴りました。


この頃
一緒にプレーしてくれる人を
一人だけやっと見つけていたのです。

彼と一緒に
その小学校に向かいました。

僕の高校は私服でした。

一応標準服という名の
学ランがあったのですが

入学式から
1週間位経つと着なくなるのです。

ですが
誠意を見せるために
その学ランを着て面会に臨んだのです。


でも答えはもちろんノーでした。

理由は覚えていないのです。

ただ別れ際に
校長先生から言われたことは覚えています。

「世の中、そんなに甘くないんだよ」

優しい口調で・・・

ラグビーを再び!

学校内を盛り上げよう!

朝早く登校して
色んな場所にポスターを貼りました。

「我が校にラグビー部を!」

そんな文言と
入部希望者は○月○日○時に来て!

それからマネージャー募集も・・・

モテるチャンスも欲しかったのです。

早朝、まだ誰も来ていない
教室にビラを配布しました。

全学年、全クラスにです。
それを5回くらいしたと思います。

我が校にラグビー部が
必要であることを訴えたのです。

昼休みには放送部にお願いして

スクール☆ウォーズの
テーマ曲をずっと流してもらいました。

みんな観ていたのです。
僕らが子どもの頃に放映された
そのドラマを。

高校1年生の時の
クラス対抗のラグビー大会。

それに向けての練習中に
みんな「イソップ~」と言っていました。

ドラマの世界と
自分たちの世界を重ね合わせようと
していたのかもしれません。

その頃、多くの生徒が
ラグビーに熱中していたのです。

だから
あの興奮が蘇るかもしれない!
そんな安易な発想でした。

しばらくして

「『うざい!』と言っている人がいるよ」

そう放送部の人に言われてしまったのです。

何かが心に突き刺さりました。

『うざい』という言葉を聞くだけで
今までもその記憶が蘇ってしまうのです。

曲を流すのを止めてもらいました。

さらなる追が!

情けないことに
自分に影響力がないことは
分かってしました。

だから
影響力のある
学校の有名人たちに頼み込んで

朝配布するビラに
僕らも賛成しますという文言を
彼らの名前とともに入れたのです。

でも
それを配布する前日に

やっぱ名前を入れないで欲しい。
何か恥ずかしい・・・


そのメンバーの一人に
そう言われてしまったのです。

僕はそのビラを
焼却炉の中に入れ燃やしたのです。

部員募集の

さて
ポスターに書いた日時が来ました。

ドキドキしながら
二人でその教室で待っていると

あっきた!

でも
廊下を通り過ぎただけでした。

それ以降、人影すら見えませんでした。

つまりゼロ・・・

ここで諦めるのが普通。
だって希望者がいないんだから。

なぜだろう??
僕はそれでもできると信じていたのです。

新聞にった!!

新聞の若者の投書欄に投稿しました。

ラグビー部を絶対に作りたい!
その想いを熱く綴りました。

ペンネームでなく実名で。

その覚悟が通じたのでしょうか?

何と掲載されたのです。

学校での反応は???

友だちの一人から「読んだよ。頑張れよ」
それだけだった。

大人からの烈な拒否

でも諦めませんでした。

じゃあ
他のマスコミにもアプローチしてみよう。
そんな考えが浮かんでしまったのです。

ラグビーの専門誌とTV局に手紙作戦!

「僕はラグビー部を作ろうと
 頑張っています。取材に来て下さい!」


そんな陳腐な内容だったと思います。

1週間後
なんと雑誌社から返事がきたのです。

宛名を見て
意外と字が下手だなあ・・・

すいません
それが第一印象でした。

僕もそうだったので
妙に親近感を覚えたのです。

でも

テンション爆上げ!

返事が来たということは
取材に来てくれる!そう確信したのです。

興奮を抑えながら読みました。

「マスコミの力を利用することが
 果たして努力と言えるのでしょうか?」 

そうワープロで書かれた文字が
僕に強烈な打撃を与えたのです。

確かにそうなのです。

僕はげていたのだ!

以前の記事で書いたように

ラグビーの練習試合で
強烈なタックルを受けた後

ラグビーの試合でタックルを受ける

相手に正面から
ぶつかれず横へ横へと走っていた僕。

それと同じなんです。


ビラ配布で朝早く行った理由。

それは誰にも
見られたくなかったからなのです。

堂々と校門でみんなに配ればいいのに
それができませんでした。

何か恥ずかしかったのです。

僕のような陰キャラが
大それたことをしているなんて・・・

誰にも知られたくなかったのです。

コソコソと
ラグビー部を作ろうしていました。

こんなんで人が動くわけがないのです。

ようやく僕は諦めました。

卒業での

卒業式

僕に協力的な生徒会の人がいました。

ビラを印刷するための
機械を貸してくれました。

その人が僕に言ってくれたのです。

「卒業式、君に時間をあげる。
 そこで後輩たちに君の想いを伝えなよ。
 ラグビー部を作ってくれって言いなよ!」


その有り難い申し出を
僕は断ってしまったのです。

「なんでだよ!
 本当にそれでいいのかよ!」


納得いかないという
顔をその人はしていました。

でも僕は痛い人に
思われるのが嫌だったのです。

そんな恥ずかしいことはしたくない。
そう思ってしまったのです。

じゃあ
今までの僕の活動は何だったのか!

今となってはそう思えます。

それでも卒業式の間

やっぱやれば良かったなあ・・・
いや恥をかくだけだ・・・


ずっと葛藤していたのも事実です。

現実をった僕

ラグビーの試合

なぜラグビーへの想いが冷めたのか?

部創設を諦めた後
地域のラグビークラブに入りました。

全くついていけなかった・・・

1日行っただけで辞めてしまいました。

僕のラグビーへの
情熱はその程度のものだったのです。

プレーのレベルも低かったのです。

なぜ本気で全国大会に行けると思ったのか?

今までも謎すぎる!!

多分、僕は現実を知らなかったのです。

クラブチームに
参加して、その一端を知りました。

それから
ラグビーは僕の頭の中から
徐々に消えていきました。

015年ラグビーW杯
日本が南アフリカに利!

僕は塾講師になっていました。

授業準備に追われていた
2015年のある日。

一息入れるためにネットサーフィン。

目を疑いました。

日本、南アフリカを撃破!

そんな見出しが
僕の目に飛び込んできたのです。


今日
日本戦があるなんて知らなかった・・・


それほど
僕のラグビーへの関心は薄れていたのです。

五郎丸

って誰?

以前ならば
日本代表のメンバー全員知っていました。

南アフリカ戦
僕が知っている人はいませんでした。

だって日本は弱いんだもん・・・

W杯ではジンバブエに勝利したのみ。

新しい監督が就任するたびに
期待していました。

でも、いつも裏切られるのです。

サッカーに意を!

ライバルはサッカーでした。

唯一勝っていたのが
ワールドカップに出場していること。

でもJリーグ開幕し
盛り上がりは雲泥の差に。

そして
日本でサッカーワールドカップ開催!

もはや絶望的。

ラグビーを見ることさえ
もうどうでもよくなりました。

それに
南アフリカに勝てるなんて
微塵も思っていませんでした。

だから
見るという選択肢は
初めからなかったのです。

こんな後悔めて!

ラスト1プレイでの逆転トライ。

逆転のトライ


そんな歴史的瞬間を
見逃してしまうなんて!!

再放送を見たのです。
それでもめちゃくちゃ興奮しました。

終了間際ペナルティを得て
同点狙いのペナルティゴールでなく

逆転するためにスクラムを選択した
リーチ・マイケルのキャプテンシー。

その決断に盛り上がる会場!

それを僕は見逃したのです。

ライブで観ていたら・・・
どんな感情が湧き上がったのでしょうか?

なにやってんだ!!!
南アと引き分けることができるのに。
なんて愚かな選択をしたんだ!!!


そう激しく憤っていたかもしれません。

それでも
あの結末が見られたのです。

悔しくて悔しくて仕方ないのです。

今でも、そのシーンを見る!
何回も見た。何回興奮したでしょう。
やっぱり興奮するのです。

ライブで観ていたら・・・
そう僕は後悔するのです。

日本でラグビーW杯開催!

夢のような時間は
あっと言う間に過ぎていきました。

あれから長い月日が経ちました。

あの熱狂はもうありません。

でも人々の心の中に
ONE TEAMという言葉は
しっかりと刻まれていると思うのです。

そして僕は
ふと自分とラグビーとの関わりを
思い出してしまったのです。

あのラグビー雑誌の記者からの
手紙をもう一度読み直してみました。

僕は何にも分かっていなかったのです。

「マスコミの力を
 使うことが努力でしょうか?」

その冷たい文面だけを覚えていました。

でも、そうではなかったのです。

手紙にはこう書いてありました。

お手紙には「不可能とはありとあらゆる手段を使って努力しても駄目だった時、初めて使える言葉」とありましたが、マスコミの手を借りて生徒の意識を高めることが「努力」と言えるのでしょうか。ひとたび報道されれば関心を集めるのは必至ですが、同時に貴兄の手から離れることも確かなことです。人の心を動かすのは華やかさではなく、ひたむきさなのだと私は信じています。何かを成し得ようとする者が、「どこかが取材にくれば」という発想を抱くのは如何なものでしょうか。

なぜか笑えてきたのです。

自分の愚かさを痛感したのです。

そして涙が出てきました。

人の心を動かすのは
華やかさではなく、ひたむきさ


何と含蓄のある言葉なのでしょう。

大人のしさを知った僕

二浪中だった僕。

図書館で勉強している時に
たまたま開いた、あのラグビー雑誌。

『ラグビー部が減少!』

そんなタイトルだった気がします。

「数年前
 ラグビーを作りたいから
 取材に来てくれという手紙がきた」

あの記者が書いた記事でした。

俺のことじゃん・・・

じゃあ、なんで?

なんで、あの時

取材に来てくれなかったんだよ!!

そんな憤りが
あったのかもしれません。


でも、そうではなかったのです。

あの記者は僕のことを
ずっと気にかけてくれていたのです。


あの手紙には、さらに

私の高校にもラグビー部がありません。私が高2の時、「スクール・ウォーズ」が放映されており、生徒間で部設立の声が上がりました。

記者の高校の場合
顧問、メンバー、練習場所を
確保したにもかかわらず

危険なスポーツだという
理由で認められなかったこと。

そして

貴兄の学校の場合、授業でラグビーが採用されているのですから、部設立の攻め手はまだあるはず。独りよがりになることなく、仲間の手を素直に借りて困難を克服して下さい。書面から受ける貴兄のラグビーに対する熱い思いがあれば、道は開けるはず。部設立が決まった際には、喜んで取材に馳せ参じますので頑張って下さい。

確かに厳しい言葉もありました。

それが高校生だった
僕に突き放されたという
印象を与えたのでしょう。

でも今読んでみると

僕に対する思いやりが
ひしひしと伝わってくるのです。

僕は馬鹿でした。大馬鹿者でした。

確かに
僕は自分一人の力で
何とかしようと思っていました。

それすらも見抜かれていたのです。

心なことを忘れていた!

ラグビーは
15人でやるスポーツであることを!

僕はラグビー部という
器を作ることばかり考えていました。

一緒にプレーするチームメイトを
集めることに力を入れていなかったのです。

もっと仲間を増やし
そのメンバーと協力して
ラグビー部を作りなさい!

そう伝えたかったのかもしれません。

なのに・・・僕は。

取材を拒否されたことだけが
印象に残ってしまって

その他のことを覚えていなったのです。

大人はではなかった

恥ずかしながら40を過ぎて
やっと気づくことができたのです。

あの記者の激しい葛藤を。

高校生の僕に対して
本気で向き合ってくれたことを。


記者だけではありません。
本を貸してくれた著者。

なぜ見ず知らずの高校生に
大事な著書を郵送してくれたのでしょうか?


そして高校の校長。
グランドを借りたいと
頼みに行った小学校の校長もそうなのです。

その二人の校長に拒否されたと
ずっとずっと僕は思っていました。

そうではなかったのです。

だって無視すればいいのに
直接会って話してくれたのですから。

校生の僕がいた!

僕の投稿が載った
新聞を探すためにに部屋を漁りました。

大事にとっておいたはずなのに
なかったのです・・・でも

ラグビー部創設のために
集めた署名が出てきたのです!

僕はこれを
どうやって集めたのでしょう?

そして
それをなぜ提出しなかったのか?

謎なのです・・・

そして
思い出したことが、まだあったのです。

ナイス、ライ!

卒業式を間近に控えた、ある日。

あの有名人グループの人たちから
「一緒にラグビーをしよう」
と言われたのです。

ラグビーができる!というより
彼らから誘われたことの方が
嬉しかったのです。

何かのレクリエーションに
参加するような感じだったと思います。


でも
今にして思えば不思議なのです。

このイベント
誰が企画してくれたのでしょうか?

なぜ陰キャラである
僕を誘ってくれたのでしょうか?


集まったのは30人。
ラグビーの試合をしたのです。
レフェリーはいませんでしたが。


その試合で僕は
トライを決めることができたのです。

それはあまり
恰好良いものではありませんでした。

グランドは
前日の雨でドロドロになっていました。

高く蹴り上げられた
楕円球を僕は必死で追いました。

でも
ゴールラインの手前の
ぬかるみに足をとられてしまったのです。

制御できなくなった
体でも目だけはボールを
捕まえようとしていました。

もがきながら
地面に倒れ込んだのです。

僕の視線の先に
ボールが小さく跳ねていました。

ラグビー ゴールポスト

トライ~

そう誰かが叫んだのです。

えっ! トライ??

でも僕には
ボールに触れた記憶がないのです。

何が起きたのか分かりませんでした。

半信半疑のまま
ハーフウェイラインに
向かって走るに僕に対して

「ナイス、トライ!」

みんながそう声を掛けてくれたのです。

無意識のうちに
トライできていたんだ・・・


少しずつ
喜びが湧き上がってきたのです。

にして思えば

みんなが僕に言ってくれた
ナイス、トライ!

僕がラグビー部創設に挑戦した
ことへの労いだった気がするのです。

そして
放課後集まってラグビーをする。
部活動みたいじゃないですか?


一日。

たった一日だったけど。

僕の高校にラグビー部があったのです。

彼らから贈られた
どんでもないプレゼント。

30年弱を経て、僕はようやく
開けられたような気がするのです。

それなのに
僕は彼らに「ありがとう」の一言すら
伝えていないです。

活動
アピールできる体験をめて

後に就職氷河期
言われるようになった時期に
僕は採用試験を受けていました。


面接、全く通りませんでした・・・

喉から手が出るほど
欲しかったエピソードトーク。

採用面接で1回も話していないのです。
このラグビーの思い出を。

高3になってラグビー部を作る?
なんて馬鹿なことをしてしまったんだ!


自分の黒歴史にしてしまったのです。

高校を卒業して以降
この話は誰にも話していません。
恋人にも、友人にも。

作家を目指していた時も
ブログを立ち上げた時も

この話を書こうとは
微塵も思っていませんでした。

僕は必死で消そうとしていたのです。

だから
自分の投書が載った
新聞を捨てたのかもしれません。

でも
あの記者からの
手紙は捨てられなかったのです。

というより
触ることができなったのです。

だって
僕にラグビー部を作ることを
諦めさせた手紙なのです。

僕を奈落の底に
落とした恐怖の手紙なのです。

Twitterに感謝!

なぜか、この話を
誰かに話したくなってしまったのです。

だから
このエピソードの
一端をツイートしてみたのです。

すると
好意的な反応してくれる人が
何人かいたのです。

もしかしたら
この挑戦は恥ずかしいものでは
ないかもしれない・・・


もう一度
あの手紙に向き合おうと思いました。

それが高校時代に
ラグビー部を作ろうとした日々
鮮明に蘇らせてくれたのです。

僕の大切な

今まで
僕には青春なんてなかった!
思っていました。

でも、そうではなかったのです。

僕にもあったんだ!青春が。

一つの目標に向かって
突っ走った青春の日々が
夢ではなく現実にあったのです!

そして
これからの日々を青春に
することだってできるのではないか?

そんな希望を持つことができたのです。

過去は変えられないけれど
その意味付けは変えられる!


ラグビー部を
作ろうとした思い出が

長い年月を経て
ようやく輝き出したのです。

作:帰ってきた兼好法師 
Twitter:@Kenkohoshi_R

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