国語教師である僕は

教室の心で
こう叫びたかった!!


僕はずっと思っていた!!

なぜ、正解が一つしかないんだ!!

なぜ、これが答えなのか????  

本当にイヤだった・・・
読解問題の説が!

分からないなあ~

(ウ、エの違いって何?)

(まあ、何とかなるか)

といい加減に臨んだ授業。



なるわけないじゃん!! 

苦しいんだ、解説が。

どんどん長くなる・・・


僕はバカだった・・・


同じ過ちをまた繰り返す・・・


生徒のぽか~~~んとしている顔

冷たい視線・・・



追い詰められる僕。


自業自得なのだ。   

僕は
術を使うことを決意した!

え~~~い、こうなったら
     
あれを使うしかない・・・

忍法「悪問にな~~~れ」

【忍術解説】

 自分の読解問題を解説する力のなさを棚に上げて「問題が悪い」と生徒をねじ伏せる術。

 生徒との信頼関係ができていることが前提の秘術である。「先生が言うなら、そうなのだろうう」と生徒も何となく納得する。

 新人教師は絶対に使ってはいけない奥義である。使ってしまうと「この先生、解説するのを諦めたな」と見透かされ、権威が著しく低下する。



そして
心の中で逆ギレをする。

そもそも
筆者の考えに合うものを選べ。って

あなたは筆者に確かめたのですか?



だって

作家は
自分の作品が使われている入試問題で
満点
とれないことが多いんだよ。


おかしいでしょ。


筆者の考えではなくて

設問者!!!
あなたの考えでしょ!!!


嘘つかないでよ!!!!!


さらに僕の逆ギレは続く・・・    

述問題の無茶ぶりとは?

清水義範先生の作品にこうあるんだ。

この手の問題
「何字以内でまとめろ」
中学入試、高校入試でも出題される。


つまり
小6、中3の生徒に原作者でも
不可能だったことをやらせているのだ!

述答案を採点する大変さ

記述答案の採点の難しさって
何か分かりますか?


ブレないで採点すること!

採点基準が示されたとしても

人によってその基準の解釈は違う!
想定してない回答が絶対に出てくる!


じゃあ
一人で採点するのがベストなの?

いや、そうとも言えない・・・

一人でやってもブレる。
長い時間がずっと採点していると・・・

あれ?どんな基準で採点していたっけ?

あれ?いつの間にか基準が変わっている?

そうなることがあるのだ!


だから
複数人で採点チェック
その基準のすり合わせをする必要がある。
その場でね・・・

だから
1つの場所で採点するのがベストなのだ!      

入試問題を成する大変さ

でも
入試を作る人も大変だよね。


点数に差がつくように
作問しなくていけないから。


塾業者からクレームが
つかないようにしなくてはいけないから。


受験に
人生をかけている人たちがいる。


その問題を作る重圧は計り知れない。


僕にはできない・・・    

護者からの質問

そう聞かれることが多い。
   
僕はこう答える。

「読書をしても点数が
 上がるとは限りませんよ」 


そう答える理由

それは

読解力よりも得点が大事!

ということである。

言い換えれば
設問者の意図を掴むことが大切なのだ。
そのためには問題を多く解くしかない。
 
それで
ある程度は得点力の向上が望める。

でも
センスの壁がどうしてもある。

だから
読解問題対策に
時間をかけすぎるのはオススメできない。

塾などでも
国語の時間が他教科より
少ないのはそのためである。


そして僕の経験上

本好き=国語の成績が

とは必ずしもならないのだ。


読解問題の文章に感情移入しすぎると

それが
マイナスに働くこともあるからだ。

受験生ならば
読書する時間があったら
英単語、歴史の年号を
暗記した方がいい。
 


でも本当は


僕はそう叫びたかったんだ。

そんなことしたら
本嫌いになってしまう。 

の目的とは?

その本を読みたいから読む

目的はそれだけでいいんだよ。

本が嫌いなら無理して読まなくていい。

もし本に縁があるのなら
本の方からアプローチしてくるよ。


その瞬間は突然やってくる!


ちょ 待てよ~~~

(変だな~ 誰もいないのに)


ちょ 待てよ~~~

(うん? また聞こえたぞ)


ちょ 
  待てよ~~~

(後ろから聞こえるぞ!)


恐る恐る振り返ると


そこには本がいた。

そして
本は言うんだ。


「俺のことを読んでみないか」



その瞬間が来るのを待てばいいんだよ。

その出会いは本屋、図書館に
あるとは限らないよ。

もしかしたら
それがお父さんの書棚の中に

以前に買ったけど
全く読んでいない本たちの中に

あるいは
国語の教科書の中にある
かもしれないよ。     

語を勉強する意味とは?

この作品の続きが読みたい。

この作家の他の文章も読んでみたい

そういう気持ちに
なる可能性があることが
    
国語を勉強する
意味の一つかもしれない。

でも
やっぱり僕は考えてしまうんだ。

「何のために国語を勉強するのだろう?」



「客観的な思考ができるかどうか」

つまり
自分勝手に答えを出すのではなく

文章中に根拠を見つけて
答えを出せるかどうかをチェックしている。

そう生徒には言っている。


時には

「入試科目になっているんだから
 やらなきゃ仕方ないだろ!!!」


吐き捨てるように
言ってしまったこともあった。



いまだに
僕の中では結論が出てない・・・     


文学は
人それぞれ解釈が
違ってくるから面白いのに・・・

それを1つしかないように
教えるのは良くないよ。


国語の先生たちは
そうならないように頑張っていると思う。



でも肝心の入試問題がね・・・


僕は
なりたい職業はいっぱいあったが、

なりたくない職業は2つしかなかった。 

僕が就きたくなかったは?

まず1つが塾講師

塾にはイヤな思い出がたくさんある。


2つめが

国語教師。

僕は文学が好きだ!

だから
国語を教えたくなかった!!!

いや教えられないんだ・・・


でも

第一二段

作:帰ってきた兼好法師 
Twitter:@Kenkohoshi_R

併せて読んでもらえると嬉しいです!

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